鈴木聖也さん

1988年、前橋市生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。共同通信社(大阪社会部、名古屋経済部等)、プレジデント社、INCLUSIVEを経て、2022年5月より現職。2019年プレジデント在籍時に「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞デジタル賞」を受賞。菅義偉元総理、ジャーナリストの伊藤詩織氏、野村克也氏らの連載を担当。

総理大臣が英国で「インベスト・イン・キシダ / Invest in Kishida」を呼びかけ、国民に対して「資産所得倍増プラン」の策定が表明されるなか、ビジネスパーソンの金融行動の活発化が見られます。今回、ITOMOS研究所の小倉健一WITH所長の間中健介は、投資家のための金融メディア「みんかぶ」編集長・鈴木聖也氏を訪問し、貯蓄から投資への視点、オンラインメディアの動向、そして日本経済への処方箋を伺いました。

安さを強みに

――岸田政権は発足当初、「新しい資本主義」「令和版所得倍増計画」を掲げ、成長よりも分配を優先させる政策を取るかに見えました。さらには、金融所得課税見直し、自社株買いのルール設定、「四半期開示」の見直しなど、「投資で利潤を得ることそのものを敵視している」と思われるような政策を次々に提示していきました。しかし、株式市場は大暴落。岸田文雄首相は、投資家からの信頼を取り戻そうと、外遊中に英ロンドンの金融街シティーでぶち上げたのが、新キャッチフレーズ「インベスト・イン・岸田」です。貯蓄から投資への流れをつくる「資産所得倍増プラン」を年末に策定するとしています。(小倉)

(鈴木)日本経済の先行きには暗い話ばかりですが、いまある強みを生かす議論をするとすれば、私はいまの日本の強みは「物価が安い」ことにあると考えます。日本のファンドのトップが海外で日本を説明するときには物価の安さを強調しています。そして海外のファンドが日本に来てどのような銘柄に着目するかと言えば割安株(バリュー株)です。

これは単にPERが低いという意味ではありません。例えば日本のお菓子はアジアで高い評価をされていて、模倣品が出回っているくらいですが、これをより広範囲な市場で展開する戦略が描けるのではないか、と考えている海外のファンドはあります。観光業にも期待をしています。コロナ禍の渡航制限が緩和されてインバウンドが回復すれば、改めて日本のホスピタリティの価値も再認識されるはずです。そして円安が進行していますので、海外から日本に来ると美味しいラーメンが半額で食べられます。

――淺井伸宏さんという、スウェーデンの電機メーカーElectroluxで役員をされていた方が「日本はオランダのような国を目指すべき」と仰っています。鈴木さんがご指摘のように日本の飲食メーカーは世界各地で存在感を発揮しています。キッコーマンの豆乳も、ヤクルトも、日清のカップ麺も、海外の消費者に親しまれています。(間中)

(鈴木)日本企業による「高くていいモノ」というブランディングは、なかなか上手くいっていないのかもしれません。でも、「安くていいモノ」というブランディングはこれまでも数多く成功していますので、これをもっと世界市場に展開するべきと思います。また、賃金が安いことが良いことであるとは思いませんが、海外企業が日本の人件費や物価の安さに着目して工場を作ること自体は悪いことではありません。

――今回、鈴木さんがみんかぶの編集長になりました。2022年度からの金融教育の本格化や、「老後2,000万円問題」以降の資産形成意欲の高まりが見られます。NISA口座はこの3年で20代を中心に急増しています。(間中)

(鈴木)例えば、株の世界には「政策に売り無し」という格言があるように、政策動向と相場は密接に結びついています。NISAやiDeCoが延長されるか、という話も重要です。ユーザーの資産形成を支援するメディアとして政治を伝えていかなければいけないと思っています。日本だけでなくアメリカの政治・経済の動向は日本に大きな影響を与えています。物事を大局的に捉えることは、今の経済メディアには残念ながらできていません。

日々の値動きを追うのも大事ですが、せっかく人間がつくるのですから「構造として世界を捉えるメディア」にしたいのです。中国がEVシフトすることで銅を扱う企業の業績が伸びるという具合に、政策変更によって産業構造にどのようなインパクトがあるのかを考えられるようなコンテンツを発信していきます。

また、株や不動産では、成功した方の話、失敗した方の話のいずれも必要です。ある個人投資家さんが株を勉強する際に、株で成功した話ではなく、失敗した人のブログが特に参考になったそうです。本人にとってはツラい話であるかもしれませんが、読者にとってはすごく有益である可能性があります。「おもしろおかしく」仕立てるのではなく、読者のための貴重なケーススタディとして発信するのです。

ユーザーからの投稿、編集者のスキル、そしてAIによる豊富なコンテンツ

――「MINKABU(みんかぶ)」について教えてください。AIが記事をたくさん書いていることで有名ですね。(小倉)

(鈴木)「ある企業が決算時にどんな発表をしたか」「株の値動きがどのように推移したか」など、数字を伝えることがメインの記事については、人間でなくてもAIがつくることが可能です。実際に、みんかぶで、AIが1日平均200本の記事をつくっていて、特に決算時期は、1日1000近くの本の記事をつくることもあります。

記者が記事をつくるとして、頑張っても1日に10本程度が限界ではないかと思うのですが、AIならいくらでも、即座につくることができます。個別銘柄の決算や日々の値動きを伝えるニュースは投資家に大変好評です。ミンカブメディア全体で、月間平均UU数は、約922万、月間PV数は約1億6100万となっています(2020年4月~2021年3月)。さらに、有料会員も多数います。経済メディアとしての潜在能力の高さは、日本で一番ではないでしょうか。

――個人投資家の予想やアナリストの見地に基づいた“目標株価”を把握することができ、現在の株価を第三者がどう捉えているかがわかるのが、個人投資家にとって便利だと思います。(間中)

(鈴木)「MINKABU」には15年の歴史があります(2007年10月サービス開始)。当初は「みんなの株式」の名の通り、株投資家さんに大事に育てていただいてきましたが、現在は株だけでなく、為替、投資信託、不動産など一連の資産形成の情報を取り扱っています。

私は5月から編集長を務めています。面白く読んでもらえる記事を、純粋に作っていきたいです。読者と一緒に資産形成していくメディアでありたいです。2020年の株価高騰を機に証券会社の口座開設数は増えました。。昔は男性中心でしたが、いまは女性の金融に対する興味も高まっています。資産形成の仕組みも多様化しており、「ポイ活(ポイント収集活動)」などもフォローしていかなければいけません。

「みんかぶの強み」を活かしながらも、ユーザーの声を生かして人間が取材し執筆する記事をつくっていくのが私の役目です。これから投資家にとってどんな政策が実施されるか。世界情勢はどうなっているかなど、わかりやすくお届けしていきたいと思っています。 これまでは、「みんかぶ」の有料会員になりつつ、日経新聞や他メディアも購読しているという人がほとんどだったのではないでしょうか。すぐにとはいきませんが、近い将来、「みんかぶだけを購読していれば、大丈夫」というぐらいの幅と奥行きを持ったメディアにしていきます。期待していただければと思います。

オンラインメディア環境の激変のなかで”成功事例”を目指す

――鈴木編集長は、これまで、紙、オンラインメディアと両方のメディアで活躍してきた実績があります。現在のオンラインメディアを取り巻く状況はどのように感じていますか。(間中)

(鈴木)ここ半年間で環境が急激に変わってきたと思っています。Yahoo!ニュースなどのポータルサイト運営会社が「飛ばし記事」への対策を強めていることで、ポータルサイトからの流入に依存しているメディアはPVを落としています。またGoogleもロシアとウクライナの紛争を悪用しているなどと判断したコンテンツへの広告掲載を停止するといった措置をとりました。 言論環境が良くなった一面もありますが、強い圧力で抑えられているとすれば、健全ではないと思います。GAFAは一国家よりも影響力を持っています。そのGAFAが言論環境を整えているようで、新しいルールが設けられたというイメージもあります。

――記事の質だけでなくSEO対策も大事になってきました。表示ルールをすぐに変えてしまう気まぐれなプラットフォームがメディアを振り回す場面は今後も増えていきそうです。本来であれば、メディアは「知る権利」に奉仕するために、世界情勢や世の中の動向をどうやって深く、わかりやすく伝えるかということに知恵を絞ってほしいのですが、大半のメディアは、Googleのルールを探って、質の悪い記事を量産している現実があるのは非常に悲しいですね。(小倉)

(鈴木)Googleは定期的にコアアップデート(コアアルゴリズムアップデート)を実施しています。つまりGoogleでキーワードを検索したときに表示される順番を決めるルールが変わっていきます。そのルールのことを理解し攻略していくことをSEO(検索エンジン最適化)といいます。

いままでは1位だったのに、突然5位になったりするとサイトへの流入が一気に落ちます。検索エンジンからの流入を図るメディアはコアアップデートにいちいち対応しないといけません。「見出しは何個必要」というようなSEOの基礎は、ある程度わかっていますが、順位を変える決まり事の詳細は公表されていません。 そのため、どこか特定のウェブサービスのみに頼るのではなく、複数の流入源を確保する必要があります。理想としては「ブックマークを増やす」など、つまり直接サイトに来てくれるユーザーを獲得する努力が、これまで以上に必要な時代です。

――鈴木編集長はプレジデントで、「有料の紙の雑誌」と「無料のオンラインニュース」をやっていましたが、今回は、有料のオンラインニュースです。作り方や表現の方法などに何か違いや特別なことはあるのでしょうか。(小倉)

(鈴木)基本的には変わっていません。どのメディアにあっても、読者が求めるものが何かに答えていくのが、私の使命だと思っています。違いがあるとすれば、無料ニュースの場合はとにかくPV追求が重要で、「質よりも速さ」「質よりも数」といったことが、一定のクオリティは担保しつつも、どこかで優先されてきてしまったかもしれません。

紙の雑誌は、私が在籍していたプレジデントは特にそうでしたが、特集に力を入れていて、幅の広い情報量、そしてビッグネームをいかに誌面に登場させるかに頭を悩ませていました。それがお金を払ってまで買いたいという魅力につながっていくからです。同じことをいうのでも、世間に強い影響力を持つ人や、一流企業トップなどの意思決定者にお話を伺っていました。

そういう意味では、有料のオンラインメディアは、紙の雑誌に近いということが言えるかもしれません。PVを求めるというよりは、いかに有料会員になってもらえるかということを問われるので、「お金を出してまで読みたいと思う記事」をつくっていくということです。そうなると、スキャンダルや芸能記事というものの役割は、無料ニュースよりも少ないかもしれません。絶対にやらないということではありませんが、優先順位は低い。

有料デジタルは、日本において、まだまだ成功事例が少ないのですが、読者と真剣に向き合っていけば、答えは自ずと出てくるのではないかと思っています。