データで成長する #03 / DATA investment pays off #03

間中健介(WITH所長、 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教)

1975年生まれ。WITH所長、一般社団法人CESSマネージング・ディレクター、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教
衆議院議員秘書、創薬支援ベンチャー設立参画、関西学院大学非常勤講師、内閣企画官(成長戦略、DX、働き方改革)をへて独立。2021年以降、人的資本投資に関して日本公共政策学会、キヤノングローバル戦略研究所等で研究報告をするなど、人材とイノベーションに関する活動多数。経済学修士、経営修士専門職(MBA)
著作に『Under40が日本の政治を変える』(オルタナ、2009-2012)、『ソーシャル・イノベーション』(関西学院大学出版会、2015)など。
2013年以降、日本初の本格的な小児がんポータルサイト「CureSearch日本版」を開設運営(http://www.childrenscancers.org/)。
メアド:office<アットマーク>cess-media.com

賃金上昇は年率わずか0.06%

国税庁「民間給与実態統計調査」より筆者作成

国税庁「民間給与実態統計調査」によれば、2020年の我が国の給与所得者のうち年収800万円以上は9.2%となっています。1990年代後半は11~12%でしたが、リーマンショック期に9%を割り込み、アベノミクス下になって人数・比率とも回復傾向にありましたが、コロナ禍の影響で2020年は9.2%へと微減となっています。

我が国では、1995年から2020年の25年間の年平均賃金上昇率は「ほぼゼロ」の0.06%です。米国は同期間に年平均1.46%の上昇率です。この差は、我が国の新人初任給が25年間で20万円から20万3千円にしか増えていない間に、米国では20万円から28万8千円になっているというイメージです。1995年時点で日本より25%ほど賃金が低かった韓国は年平均1.60%の上昇率で、2015年頃に日本を抜いています。アベノミクス下で成長率は緩やかながら上昇しており、企業が支払う雇用者報酬も伸張していますが、賃金は上昇していません。

この要因として、私は2つのデータに着目しています。

ひとつには、非正社員の増加による平均値の押し下げです。ただしこれは、しばしば喧伝されるような「新自由主義によって雇用が崩壊したから」ではありません。2006年度から2018年度で見ると非正規雇用者は442万人増加していますが、この半数以上は65歳以上です。定年後も働く高齢就業者が毎年平均20万人以上増え、この方たちの多くはパート・アルバイトや嘱託(主に定年後再雇用)の形態で就業しています。就労を望む人たちが就労機会を得ているという見方をすれば、雇用破壊ではなく雇用創造のプロセスのなかで賃金が伸び悩んでいると言えます。

この問いへのソリューションとしては「高齢労働者の稼ぐ力を高めること」となりますが、急に高めることはできませんし、すべての高齢労働者がバリバリ働くことを望んでいるわけでもないでしょう。稼ぐ力を持つ高齢労働者を増やすためには、若手・ミドル世代の稼ぐ力を高める必要があります。

低成長の背景に“低昇進”?

そのうえで気になるデータが、管理職の減少を示すデータです。独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2020」によると、2009年から2019年の10年間で、労働者に占める部長比率、課長比率が減少しています。

独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2020」 より筆者作成

60歳未満のすべての年齢層で部長比率の減少が確認できます。加えて、部長昇進が遅くなっていることもうかがえます。1990年は50代前半(33.3%)が比率のピークですが、2009年は50代後半(20.6%)がピークとなっており、2019年は60代の比率増加が見られます。課長でも同様の傾向となっています。

産業界では、意思決定と行動の迅速化、DXによる業務改革加速のもと、組織のフラット化が進んできました。大企業ではコーポレートガバナンス改革の過程で役員数の削減も見られます。

岸田内閣は賃上げを含む“人への投資”の拡大への姿勢を強く打ち出しており、経済界に3%程度の賃上げを求めています。しかしながら、人材は企業にとってフローではなくストックと考えるべきなので、ストックとしての人材の価値を高める取り組みがまず必要です。賃上げには持続的成長が必要であり、持続的成長のためには賃金上昇率以上に人的資本価値が高まっている必要があるからです。

管理職の減少と昇進年齢の上昇は、そのことにマイナスに作用する可能性があります。経営課題を捉え、戦略を実行し、結果に責任を持つ経験をミドル期に積むことができないままシニア期に突入する人材が増えてしまっては、人的資本価値は下がってしまいます。

10億円の失敗をさせる 
人材育成ではなく「人材覚醒」

この指摘に対しては、現代の課長補佐クラスや若手主任クラスは20年前の課長よりも難しい任務にあたっているという批判もできるでしょう。大企業の場合、課長補佐クラスが現業部門で事実上の決定権を有していることが少なくありません。一方で部課長は収支管理と内部調整に明け暮れ、経営戦略に関わる時間はわずか、という状況も珍しくないでしょう。

いずれにしても、賃上げ3%というプレッシャーは経営者ではなく若手・ミドル人材が負うべきプレッシャーですので、若手・ミドル人材はマネジメントスキルを獲得する必要性が高まっています。昇進のチャンスが少なくなっているとすれば、自らマネジメントスキル獲得にチャレンジしなければなりません。

昨年、ある上場会社創業者との会議のなかで、どのように後継者を育てるかという議論がありました。そこで創業者の口から出てきたコメントは「10億円分の挑戦と失敗をして、1年ごとに結果を出して、はじめて経営人材の階段を上ることができる」というものでした。

長期雇用が前提となっている社員と違い、次世代リーダーには取締役と同じように株主総会のプレッシャーを感じてもらうためにも、1年ごとに厳しく成果を問うことをしなければいけない。ただしその前提として「10億円分の挑戦と失敗」、つまり組織としてそれなりに大きな権限を与え、失敗を許容するべきという主張です。

経営人材は「育成」するものではなく、「覚醒」できる人材こそが経営人材となれる、という示唆と捉えられます。

中堅・大企業の若手社員の場合、年次の早いうちに関連会社に部課長として出向したり、公的機関に出向して自社を俯瞰的に見る経験を与えられたり、社内のアクセラレーションプログラムの企画運営を任せられたりすることがあります。

こうした取り組み自体は望ましいことですが、取り組みの趣旨が組織内で浸透せず、中途半端に行なわれているケースも散見されます。よくあるのが、現業部門の管理職が社内ベンチャーを自部門の利益に結びつけようとする行動です。ボードメンバーはこうした行為に目を光らせて、現業部門と切り離して若手を社内ベンチャーに専念させ、結果にコミットさせなければいけませんし、任される若手の側も“社内社長”としてフルスロットルで事業の進化発展に取り組む姿勢が求められます。

中小企業の場合、若手に大きな予算を任せることは難しいかもしれませんが、その場合は例えば社長のカバン持ちをさせたり、社長のスピーチ原稿作成を任せることでビジネスアキュメンを涵養することができます。社長が孤独に抱えている覚悟や悩みには経営の神髄が詰まっているはずなので、それを感じ取らせて解決策を考える機会を与えるのです。

社長のスピーチ原稿作成を任せることは、賃金を3%上げるよりもはるかに若手にとって財産となります。社長が出席する取締役会、取引先との会合、セミナーでの講演、地域団体での挨拶、役所での会合に際して、社長に何を発言させるべきかを考えること自体が戦略立案だからです。最初は上手く出来ないかもしれませんが、原稿を作る過程でその若手は経営目標と戦略を自分事として考え、組織を動かすアイデアを練るようになります。やがて秀逸な原稿が仕上がったら、何らかのプロジェクトを任せてみると良いでしょう。

人材投資と言うと、どうしても投資体力のない中小企業は「蚊帳の外」に置かれてしまうイメージがありますが、何気ないチャンスを投資することで大きな効果を得ることも不可能ではありません。それぞれの企業で、今年は人材投資を加速する年にしましょう。