間中健介、橋本綾子

連載【ビジネスリーダーのための「イノベーションとルール」】第1回

「前例がないのでダメです」
「現時点では取り組む必要性はありません」

新しいことをやろうとするとき、組織内では必ず意見の対決が起こります。創造性あふれる新規事業スタッフと、厳格な法務部門のスタッフは、互いに対して「なぜあの人たちは私の主張をわかってくれないのか」と疑心暗鬼になり、互いの行動を自己保身と捉えて批判し合うようになります。

組織がイノベーションを起こすためには、双方が対決しつつも建設的対話をすることが不可欠です。しかしながら、対話に向かわずにただ現状のルールを優先して一歩を踏み出さないことが、私たちの日常では多いかもしれません。それは結果的に“ルールの進化”も妨げることになり、組織を弱めることになります。

近年、先進各国では、イノベーションの加速を求める声と、イノベーションを期待しつつもその速度を抑えようとする声と、イノベーションを拒絶する声との対立激化を窺わせる事象が増えています。日本でも「成長と分配」というキーワードが登場し、イノベーションの進め方に一石が投じられています。政治リーダーたちは、イノベーションが社会の分断につながらないよう政策運営に苦心しています。

今回は、イノベーションとルールについて、WITHの間中と橋本が”とりあえず”ディスカッションしてみました。

自動車の制限速度は6キロまで

(間中)19世紀半ばのイギリスで適用されていた「赤旗法」ってしばしば事例に取り上げられますが、イギリスでは1860年代に自動車が登場してから30年以上の間、自動車は公道で時速6キロ以上出すことが出来ず、赤旗を持つ人を前方に配置して馬車の安全な通行を確保しなければいけませんでした。移動のための道具なのに、これでは歩く速度と大して変わりません。

いまから思うと非常におかしなルールですが、私たち自身も100年先の人たちから笑われるようなルールを大事にしているかもしれません。労働時間が1日8時間に決まっていたり、なぜか昼食休憩が12時~13時に決まっていたり。

副業の解禁という言葉も、そもそも間違っています。そもそも正社員が勤務先と交わす労働契約は「24時間365日この会社に尽くします」というものではないので、就業時間外に他の業務をすることを禁止する権限を勤務先は有していません。一方で組織として長期雇用を保証する以上、正社員には一定のルールを遵守してもらう必要があるので、就業時間外に勤務先のリソースを使う際のルールを明確化したり、副業時の労務管理の仕組みと負担のあり方を明確化したり、勤務先の評判を落としてはいけないと言ったルールを設けるようなことは必要です。ところがこうした流れにならずに副業禁止の姿勢のままというケースが多いと思います。

私自身は、企業がまずすべきことは「本業」の拡大とブラッシュアップであり、必ずしも従業員の副業を推奨することではないと考えています。そのうえで、新たな本業を創出するうえで外部の知恵を内部の知恵と融合するために複数の活動をする人材との契約ルールを進化させるということが、企業の本業の価値を明確化し、本業を支える人材の価値向上をするために必要なプロセスだと思っています。

私はサラリーマン時代にかなりの数の副業をやりましたが、主たる業務では得られないものがあまりにも多かったから、様々な活動に早朝、夜中、週末を使いました。気が付くとそのうちに、本業が複数ある「ポートフォリオワーカー」になっていました。

また、いまは私自身も数名の副業人材を起用していますが、そうした方たちとの契約ルールを進化させることが非常に重要だと実感しています。副業をしていただく方には私の依頼に応えていただく必要がありますが、一方で、その方自身が取り組んでいる活動を私が応援するという関係性を作ることが不可欠です。私にとっても、副業をしていただく方にとっても、ルールを進化させることで実りある活動をできる可能性が広がります。

120年以上前の商慣行を基にしたルール

(橋本)私も間中所長と同様ですね。サラリーマンをしながら自分で起業し、その上で大学の研究員活動なども行っています。残念ながら、周囲を見回しても「本業の価値」=自分へのプライオリティにならないことが殆どなんです。

企業はあくまで「雇われの身」であり、他人によって、自分の価値を定義づけられてしまい半ば反強制的に、キャリアを決められてしまう傾向が強いのかなと、感じます。だからこそ、現在の日本は昔ながらの働き方よりアメリカなどで主流になりつつある、「ジョブ型雇用」を求めて人が企業間を移動するようになり、自分自身にもスキルを付与するようになった人が多くなっているのだと感じます。

働き方1つを取っても、時代の流れに沿って変化しているのですが、一方労働者を守るはずの労働法を始めとして、中々規制が追いついていないのも悲しきかな、事実です。

(間中)橋本さんはこの「イノベーションとルール」について研究をされていたのですよね。

(橋本)日本における商慣習の基礎となる民法は、1896(明治29)年から1898(明治31)年にかけて作られて施行されました。この民法の商慣習は、あくまで明治時代のもの。時は「令和」。当然、商慣習も異なってきているものの、余りにも広範囲の規制の土壌をなっている民法は大規模な改定は、行われていないのも現状です。

2017年12月には、規制改革推進協議会にて「イノベーションと法」勉強会が行われています。その中では「日進月歩の技術革新、シェアリングエコノミー時代におけるプラットフォーマーの勃興など、既存の枠組に囚われない形でのビジネスの展開がめざましい昨今において、日本政府も、

①IoT、ロボット等の 生産性を飛躍的に高める投資の本格化
②自動走行で世界最先端を目指す取組の加速
③最新の技術やデータを活用した健康・医療・介護システムの導入の加速/物流・建設・農業・ものづくり・ 介護等の分野での生産性の改善
④大企業とベンチャーの連携などのオープンイノベーションの促進
⑤雇用のミスマッチや IT 人材の不足を解消するための、成長分野への人材移動や実践的な人材育 成の促進
⑥規制のサンドボックス制度の早期具体化/行政データのオープン化や IT 利活用基盤の整備

などに特に注力して、「Society 5.0」の社会実装に向けた「生産性・供給システム革命」の実現を目指すことを明言する」と、記載されています。

メガプラットフォーマーの台頭と拡大のなかで、これらの議論を進化させていかなければいけません。

ルールをイノベーションさせる

(間中)大学院生のときに「法と経済学」というものを学びました。航空産業の規制緩和の事例がよく取り扱われますが、規制当局としては、企業が提供するサービスの継続性、安全性、説明責任というファクターが最も重要です。その観点で、ニーズがあるのかがわからない技術やビジネス手法を手放しで認めることはできません。でも果敢な企業はアンメットニーズ(潜在ニーズ)の掘り起こしにチャレンジしますし、それを歓迎する消費者もいます。なので新しい技術や手法が現れたときに、それがもたらすメリットとデメリットをレビューしたうえで、ステップを踏んで現行ルールの見直しを考える必要があります。

政府が2017年から開始した「レギュラトリーサンドボックス」や、現在進められている「スーパーシティ構想」は、“まずやってみてルールのあり方を考える”というものです。結果的にルールを変える必要が無いという結論になることもあると思いますが、少なくとも「なんでこんなルールがあるんだっけ?」と、まずはみんなで考える機会ができるのは良いことです。

(橋本)コロナウイルス感染症は、大きく日本におけるビジネスモデルも転換を良い意味でも迎えるきっかけになったと思います。

シェアリングエコ ノミーなどの新たなエコシステムのモデルを提供するプラットフォーム企業、既存がどんどん台頭し、時代はビジネススキームのベースが「如何にしてプラットフォームを作りSaaSモデルを生み出すか」に一旦集約されているのかと感じるほどです。一方、事業者単位の許認可・監督といった枠組みが、明治時代には当然想定されていた商慣習ではないために、規制導入当時の立法事実を踏まえて想定していた保護法益や規制の趣旨に照らせば規制対象とならなかった可能性のある人・モノ・金の動きが、法文上は 規制の対象と解釈されうることや、規制導入当時想定していた保護法益の要保護性が減少している にも拘わらず規制がそのまま適用され続けることにより、イノベーションを阻害する効果を生じさせている 可能性があります→参考

コロナウイルス感染症により、働き方は無理やりにでも大きく舵を切る結果となりました。その結果、中小企業庁も「働き方改革への対応事例等の周知について」のような資料を提示し、どのように適応させるのかなどの資料も漸く出てきているようになっています。「働き方」に対するイノベーションとその規制の見直しは着実に進んでいるように思います。

だからこそ、商慣習全体でもイノベーションを加速させ新たなエコシステムモデルの定着などのために、ルール自体のイノベーションも加速して行ってほしいです。