DATA investment pays off

間中健介
(WITH所長、慶應義塾大学SFC研究所上席所員/次世代テック&ファイナンス)

1975年生まれ。経済情報誌ライターなどをへて米系コンサルティング会社スタッフ、衆議院議員秘書、「愛・地球博」メディアセンターマネージャー等を経て2007年に創薬支援会社設立に参画。米国医師グループからのライセンス供与を受けて日本初の本格的な小児がんポータルサイト「CureSearch日本版」を開設運営。2013年関西学院大学非常勤講師、2014年内閣官房日本経済再生総合事務局スタッフ(企画官)、2017年一般社団法人CESS代表理事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員、とっとりIoT推進ラボ専門委員、小田急電鉄株式会社イノベーションラボ「iflats」外部プロデューサー。著作に『Under40が日本の政治を変える』(オルタナ、2009-2012)、『ソーシャル・イノベーション』(関西学院大学出版会、2015)など。東京都立大学大学院経済学修士、MBA。

データ利活用は生産性を8%高める

英国の科学技術芸術国家基金(NESTA)は2014年に、英国の中小企業等500社を対象に、企業業績とデータ利活用に関する分析を行なっています。公表されたワーキングペーパー『The analytical firm: Estimating the effect of data and online analytics on firm performance』によると、オンラインデータの使用量が増えると生産性(TFP)が8%高くなっていると指摘しており、オンラインデータ使用量の上位4分の1にある企業の場合は、他の条件が同じ場合、TFPが13%高くなっていると指摘しています。
※ワーキングペーパーへのリンクはこちら

CISCO社が2017年に公表した資料によると、インターネット上で1秒間に送受信されるデータ量は、2016年から2021年の5年で37テラバイト(TB)から106TBへと2.9倍に増加するとされています。iPhoneの平均的なストレージを120GBとすると、1週間でiPhone5億3,400万台分に相当するデータが生成・流通していることになります。

昨今のデータ量の拡大ペースを鑑みると、オンラインデータを効果的に活用している企業は、8%や13%というレベルを超えて、より大幅に生産性を向上させている可能性があります。最も顕著なのはデジタルプラットフォーマーの拡大であり、GAFAM各社は生産性の飛躍的向上を続け、年によって20~30%、低いときでも10%前後という驚異の成長スピードを持続しています。2020年5月9日の日経新聞では、GAFAM5社の時価総額(約560兆円)が東京証券取引所一部上場2,170社の合計時価総額を超えたという報道もありました。

データ流通量が増えるプロセスで、ストレージや回線を支えるテクノロジーや、HadoopやNoSQLなどデータを扱うテクノロジーや、セキュリティ関連のテクノロジーが急速な進化を続けていますので、これらのテクノロジーに関わる企業のなかには高い成長を達成している企業が少なくありません。一方、先端テクノロジーを商材にしているわけではない多くの企業にとっては、手元に集まったデータを分析して実効的な知恵を生み出す努力が重要になっています。

NESTAのワーキングペーパーでは、収集したデータを独自の視点で分析してインサイトを得ることがTFP向上につながると強調されており、そうでない場合は大量にデータを収集しても企業のパフォーマンス向上につながらないと述べています。

例えば、企業は従業員の家族に関する個人情報を持っています。従業員数1万人の企業であれば2万人規模の従業員家族データを保有しているケースもあるでしょう。このデータは税や社会保険の手続きには不可欠であるものの、例えば従業員の子どもの誕生日というデータが企業のパフォーマンスに影響を及ぼすとは考えられません。一方、従業員のストレス状態を示すデータはパフォーマンスに少なからぬ影響を及ぼすでしょう。

データ投資成功の秘訣は「自律性」への投資

それでは、必要なデータを定義し、独自の切り口で分析をしてインサイトを得るプロセスには何が必要でしょうか。

この問いに対してNESTAのワーキングペーパーは、従業員の自律性を重視した組織構築のための投資が不可欠との見解を表明しています。

アメリカのSF映画『インデペンデンス・デイ』(1996年)では、エイリアンの急襲に政府首脳が混乱するなか、衛星通信のノイズからエイリアンの正体を突き止めたケーブルテレビ技師が大統領の前に現れ、エイリアンの凶暴性を報告します。大統領は当初エイリアンとの融和を模索していたものの、ケーブルテレビ技師の進言や、エイリアンの捕縛に成功した海兵隊大尉らの証言を受けて攻撃姿勢に転じますが、核攻撃をもってしてもエイリアンの巨大宇宙船にダメージを与えることができません。大統領は人類滅亡を覚悟しますが、ケーブルテレビ技師が思いついた奇襲作戦に最後の望みをかけ、反撃を決断します。作戦には大統領自身もパイロットとして加わり、軍のパイロットとともにエイリアンの戦闘機を次々と撃墜するものの、巨大宇宙船に決定的ダメージを与えることができません。そんなとき、酒浸りの軽飛行機のパイロットが操縦する戦闘機が巨大宇宙船に体当たりを敢行し、破壊に成功します。

この映画は、立場の異なる人々が、危機に際してアメリカと世界を守るために仮説とアイデアを遠慮せず表明したことで戦略が生まれ、自発的に一致した行動がなされた結果、人類の勝利を勝ち取ったというストーリーです。もし大統領が国家権力で人々を動員し、ペンタゴンが描く戦略を実行させたというストーリーであれば、たとえエイリアンに勝ったとしても面白味はありません。

話を戻すと、自律性が重視された場で、危機すなわちデータが“見える化”されることによって、インサイトを得るプロセスが発生します。『インデペンデンス・デイ』のなかでは軍の秘密研究所でエイリアンの研究が長年行なわれてきたという設定になっていますが、データは軍のなかで隠蔽され、研究所を統括する国防長官は他者の主張に批判的で、反撃への有効なインサイトを示すことなく解任されています。

データからインサイトを得るプロセスについては、経営学者の野中郁次郎氏が1990年代に理論化した「知識創造理論」からも示唆を得ることができます。

知識創造理論では、「情報(データ)」と「知識(インサイト)」を構造化し、日本企業が成長してきた要因を説明しています。同理論では、トップの存在感が強いわけでもなく、画期的な発明・発見が多いわけでもない日本企業が世界市場で戦うことができている背景に、形式化・言語化することができない“必勝ウェイ”とか“匠のワザ”という暗黙知が生み出されるプロセスがあることに着目しています。

料理の達人に「スープに小さじ1杯の醬油を使えば美味しくなります」と教えてもらっても、達人の味を再現することはできません。達人はおそらく、お客さんの声、料理本の記事、競合店の味、問屋とのやり取りといった様々な情報(データ)に触れながら何回もの試行錯誤をすることで“秘伝の味”を完成させる独自知識(インサイト)にたどり着いているので、小さじ1杯の醤油という情報を得ただけではインサイトを理解したことにはならないからです。

野中氏は、自動車メーカーのホンダで行なわれてきた「3日3晩のワイガヤ合宿」を例にして、従業員が職位や立場にかかわらず知識共有する場を設けることが、新たな知識醸成の土壌になると主張しています。これはNESTAのワーキングペーパーが指摘する自律性を重視した組織とも重なります。

戦略がデータを定義するのか
データが戦略を定義するのか

データはそれ自体が資産であると同時に、戦略を生み出すための素材です。そのため、戦略によってどのデータをどう利活用するかが変わりますが、データが戦略をリードする面もあります。

オリンピックでは長らく、陸上競技の短距離種目で「日本人は決勝に進めない」と言われていましたが、男子4×100メートルリレーで日本チームは北京(2008年)、リオデジャネイロ(2016年)でともに銀メダルを獲得しました。走力では強豪国に歯が立たない日本チームはバトンパスを磨くことでメダル圏内に入ることを目標として、世界最速のバトンパスを作り出しました。例えば、前走者と次走者の腕の振りをピッタリ合わせる、バトンパス時は加速しやすいアンダーハンドパスで走者間の距離は50センチ、受け渡す場所はゾーンの18~22メートル地点、第一走者から第二走者にパスが渡るときの40メートル区間を3.75秒以内で通過するといった具合に、データ分析を繰り返して100分の1秒を削る戦略を構築してきました。
※時事通信2021年7月8日記事や関係者へのインタビューを参考とした

バトンパスで世界最速を実現するという戦略があってデータ分析の精度が磨かれ、データ分析の精度が磨かれたことで戦略が形になったと言えます。これを実現したランナーとチームスタッフ・支援者は世界一猛烈な努力をしたと言っても良いと思います。

東京オリンピックの同種目で日本チームには金メダルへの期待もあったなか、残念ながらバトンミスで失格となりましたが、金メダルを手にするために限界を超えるチャレンジをした結果であるということは、ランナーたちのコメントから非常によく伝わってきました。

ライバルの走力レベルが上がっていることに加え、前回オリンピック以降に助走ゾーンのルールが日本にとって不利に働く条件に変更されています。ですが、チャレンジをする人にとってそのような分析はあまり意味をなさないのかもしれません。ましてやオリンピックの決勝に進出した人たちに見える景色は、きっと科学や論理で語れるようなものではないとも思います。

リレーに限らず様々な種目で、多くのアスリートが厳しい状況のなかで果断なチャレンジに取り組んだと思います。どんな結果にせよ、チャレンジした人だけが得ることのできるインサイトが、きっとあります。

データが何と言おうが、世界一になれるチャンスがあるならそれに賭ける。

データがチャレンジを委縮させるのではなく、データに戦いを挑む人が増えることもまた、データ分析の意義であってほしいです。